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zoom RSS 負けに不思議な負けなし

<<   作成日時 : 2017/09/03 14:23   >>

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今日の読売新聞の日曜版は、一時期南海ホークスの監督、野村克也の「野村語録」と評判になった、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議な負けなし」を取り上げている。
勝負事には運はつきもののである。ただ、勝つことはあっても、負ける時には必ず何か理由がある。勿論スポーツに限らず、囲碁将棋等の勝負事やビジネスの面にも当て嵌る言葉である。勝ちには偶然という要素が入り込むものだと謙虚に受け止め、負けを単に運が悪かったと片付けてはならないのである。名捕手と呼ばれていた野村克也監督が1980年代に「負けに不思議な負けなし」と題して本を出版した。当時私も面白くためになる本だと思い、買い込んで読んだものである。ただ、当時は良く分からなかったが、これは野村の考案した言葉ではないだろうということは気付いていた。だが誰が発信元なのかは分からなかった。
今日の新聞で、それは長崎の平戸、当時の平戸藩の9代藩主・松浦清山の言葉であると紹介している。平戸市の松浦資料博物館学芸員・久我孝史から入手した話のようだ。静山は心形刀流免許皆伝の腕前だけでなく、学問も幅広く修め、蘭学や当時禁教だったキリスト教へも関心を寄せていたという。久我学芸員は「西洋の文化が早く伝わった土地柄からか、何事にも好奇心が強く、物事を突き詰めて考える内にたどり着いた境地なのだろう」と説明している。
私は勝負事は得意ではないから手を出したことは無いが、ビジネスでは多くの勝ち負けの場面を潜り抜けてきた。大きな国際プロジェクト、国内の重要プロジェクトの受注合戦での泣き笑いは数多く経験した。やはり逃がした仕事には、後で反省することが多かった。もう少しあのところを上手くやれていれば受注できた仕事も多々あったのである。負けにはそれなりの理由があることを昔から経験してきた身であるから、私にとっては野村監督の語録であると静山藩主の言葉であろうと貴重で有意義な言葉である。もうこんな経験をすることはないであろうが、物事に対処するに当たっては、心に刻んでおきたい言葉であると思う。

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