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人間の能力が最も高い時期
昔私が子供の頃、よく耳にした言葉に「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの人」と言うのがあった。特定の人ではない、ごく普通の世界中の人に対してでもそうであった。つまり、十歳の子は誰でも神童と呼んでも良いくらいに何でも理解しモノにするが、それから五年も経つと、せいぜい普通よりややいいくらい、二十歳を過ぎれば普通の人になってしまう、という言葉である。当時私はまともに信じてはいなかったが、実はこの話は本当なのである。 子どもは生まれてからわずかな期間で、自分の頭の中に、ほぼ完全な個人的文法のよう... ...続きを見る

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2018/07/16 18:40
選択的忘却
最近はどこでも情報が溢れんばかりに流れ込んでくる。消化できないままに、もう次がやって来る、これではすべてに目を通すだけでも時間も足りないし、記憶容量も不足するから見落とす情報も多々ある。中には面倒になって、内容を見ることなしに消去するものも出て来る。頭の中に幾ら沢山の情報を詰め込んだからとて、頭が良くなる訳ではない。頭に埋め込まれた雑多な情報は時々取り壊して不要なものは始末し、頭の中を綺麗に掃除して置かないと、思考力、記憶力、想像力、判断力、洞察力などあらゆる知的活動の活性化を妨げてしまう。 ... ...続きを見る

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2018/07/10 20:13
集中豪雨
先日の台風7号は比較的我が家に近い所まで接近したが被害はあまりなかった。しかし台風通過後、梅雨が明けるどころか、梅雨前線が活発化し昨日、今日と北九州市は大雨に見舞われた。特に今朝の7時頃から9時頃にかけて、短時間の集中豪雨になった。がけ崩れや山からドーっと流れ出た雨水が溢れて、道路が通行止めになり交通渋滞が発生した。私は丁度、8時半頃仕事で家を車で出た。雨は小降りになっていたが、長野へ向かうトンネル出口の崖が少々道路に崩れ落ち濁流が道路を横断していた。このため多くの車がノロノロ運転でかなりの渋滞... ...続きを見る

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2018/07/06 19:51
歩いて考える
外山滋比古の受け売りであるが、日本には伝統的に散歩をするという考えはなかったようだ。明治の初めに神戸にやって来たイギリス人に教わって始めたのが始まりとか。 しかし散歩の効用は古来から良く知られたいたようだ。ギリシャ人たちも散歩をしていると、頭が良く働くと考えていたようだと外山は言っている。アリストテレスを中心とする一学派は、散歩しながら、考えたり、議論したりしたことから「逍遥学派」という名前を付けたのだそうだ。学者が家の中にこもって、机に向かって本を読むようになったのは、ずーっと後のことである... ...続きを見る

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2018/07/05 20:27
エリートの本質
世の中には少数ではあるがエリ-トと呼ばれる人たちがいる。日本では、縁の無い大方の人々は毛嫌いしてやまない集団である、その言葉を「聞くだけでも嫌!」という連中も多い、特にリベラルを自称する輩には。 元来どの国においても本物のエリートがいないと国が成り立たない、とても重要な存在なのに日本では何故嫌われるのか?私の想像では、多分本物のエリートでないからではないだろうかと思う。日本では、一流の大学を卒業して、一流の会社や中央官庁に勤め高給を食み立派なマンションに住まいする、所謂、学校秀才・学歴秀才や特... ...続きを見る

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2018/07/03 13:57
1か月のご無沙汰
しばらく忙しさや、体調不良、目ぼしいネタ不足、怠け癖等々でブログから遠ざかっていた。しかし、もう1年の半分が過ぎ去ってしまった、今日からは7月である。実に月日の過ぎるのは早いものである。1か月の間とはいえ、世の中はかなり変わった。国内情勢も国際情勢も・・・。国内では様々な災害や殺人事件が発生したし、イスラエルの首都移転、米朝首脳会談の実施、トランプのアメリカファーストの激化、中ロの勝手な振る舞い、サッカーワールドカップで日本が決勝トーナメントに出場、女子ゴルフのアメリカツアーで19歳畑岡の優勝と... ...続きを見る

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2018/07/01 20:33
サイの角のように・・・
大昔、のまた大昔、仏陀が死を前にして沢山の弟子たちの言ったとされる言葉「犀の角のようにただ一人歩め」は知る人ぞ知る言葉である。仏陀が亡くなったら、何を頼りに生きたらいいのか、弟子たちがその指針を示して欲しいと頼むと、仏陀はこのように答えたと言われている。その意味するところは、「サイの頭にある太い一本の角。その角のように一人で考え、独りで自分の歩みを決めなさい」であろう。厳しくもあるが真実であろうと思う。余談だが、サイの中でもインドサイは、見たことは無いが、群れで行動しない。単独で行動するので、「... ...続きを見る

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2018/05/31 20:06
英彦山の山開き
不順な時もあるが、最近は概ね温かく爽やかな五月晴れとなっている。時には気温が上がり過ぎて蒸し暑かったり逆に小雨で肌寒い日もあるのだが・・・・。暖かな天候のおかげで、我が家の庭のサツキはそろそろ終わりを告げる時期になっている。けれども今年は久住山のミヤマキリシマが当たり年で、とても綺麗だととの情報も入っている。時間の都合が取れれば、出かけてみたいと思っているのだが、どうなるであろうか。 ところで今日5月27日(日)は英彦山の山開きの日である。私たち夫婦も早朝から新しいEV車で英彦山まで走ってみた... ...続きを見る

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2018/05/27 20:13
理詰めに物事を考えない?
日本人の感性というか性分というか、とかく一般の日本人はトコトン話を詰めて行くことを好まない人が多いように思う。特に対人相手の会話ではそんな風に感じる。それで良いこともあるし悪いこともあり、こちらが正しいとかそうでないとかの問題ではなさそうである。だけれども時と場合によっては両者のバランスを考えながら対処しなければならない問題である。外山滋比古が書いている本、「考える頭のつくり方」での観察がズバリそのものであり、そうなんだと改めて思った次第である。彼は次のように述べているのである。 もともと、日... ...続きを見る

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2018/05/21 14:46
サツキ満開
寒く感じる日もあるが、おおむね最近は爽やかな天候が続いている。我が家の庭の雑草も元気を得て、伸び放題の状況となっており少々困っている。しかし庭一面に植えているサツキの花は、今が見頃で満開状態である。運よく今日は家族が揃っている日となったので、庭のサツキの花を眺めながら、焼き肉パーティをしようということになった。夕方になってから準備を始めた。今の時期気温もほどよく、やぶ蚊の発生も少ないので、庭で気ままな服装で過ごせるから、各自普段着で倉庫からバーベキューセットと木炭を引き出し、ワインやビールを片出... ...続きを見る

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2018/05/20 21:04
何かが足りないかも
先日亡くなった絵本作家・加古里子(かこ さとし)が遺した言葉が新聞で報じられたのを見て、今の子供たちはそうなのであろう。しかし、子供に限らず最近の成人たち、そしてシニアの人達にも当て嵌まる事柄かも知れないな、との思いがしてきた。加古は絵本作家ではあったが、東大の工学部を卒業して化学会社での勤務経験がある人で、本名は中島哲という。後に退社して子供たち向けの仕事をするようになり、世のお母さんたちは彼の名を知らない者は無い程に立派な絵本を書き有名になった。その彼が言うには、「子供たちはワクワクして生き... ...続きを見る

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2018/05/10 20:35
人の落ち度を責めるだけでは・・・・
長い連休が明けて、今日からは通常通りの生活が始まった。国の現状と行き末を討議する国会も動き始めるのだが、相変わらず野党の面々は政権の落ち度を責めるばかりで、審議にも応じていない。落ち度を責めるのは野党として当たり前なのだが、それだけしかしない、もっとやらなければならない重要なことがあるにもかかわらず、とにかく落ち度をつつくばかりでここしばらく時間を浪費しているように私には見えるのだが・・・・・。時には責められる身になって考えてみようではないか。人間、落ち度の全く無い者はあまりいない。勿論ゼロとは... ...続きを見る

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2018/05/07 18:36
電話の優先権
今では日本人なら誰もが電話器を持っている。スマホや携帯、持っていない者はあまり見つからない時代である。確かに電話をかける方は便利である。しかし、私は携帯電話などあまり好きではない、勝手を言えば自分の都合から電話をかけたい用があるときは便利である。仕事中や他者と会談中、講座中、急いでいる時などに電話が入ると直ぐには受けれないこともある。で、あるのに一般には電話がかかって来ると、優先して受けてしまうのが日本の常識ではないだろうか。いや、優先して受けなければならないのがルールになっているようにも感じる... ...続きを見る

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2018/05/06 19:54
学歴はあっても・・・・
女子高御三家の一つ、F学園の女性の先生の話を、川村次郎が著書「学歴はあってもバカはバカ」で紹介している。学歴なんてあるだけで中身の乏しい人は付き合い難く扱いにくい人なのである。その先生は、日本では偏差値の高い大学を出ているとそれだけで「頭が良い」とか、「エリート」と言われる。「それが、そもそも間違いです。私は学のあるバカを沢山知っています」、と言い切ったそうである。F学園は名門と言われるだけあって、いわばエリート家庭の子供が多い。先生はそういう家庭のご主人が何かにつけて学をひけらかし、”理屈の多... ...続きを見る

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2018/05/02 20:20
eスポーツ
今では「eスポーツ」などという言葉が流行っている。私は不勉強ながら知らなかった。オリンピックの正式種目にも採用されるかも?とかの噂もあり、4年後のアジア大会では陸上競技やサッカーなどと並び正式種目入りが決定しているとか。知らないでは済まされなくなった。 eスポーツとは何であろうか? 「エレクトロニック・スポーツ」の略称、つまり、パソコンの対戦ゲームで、スポーツの様に競い合うことが名前の由来だという。欧米や東アジアでは大会に多くの観客が集まっているそうだ。加えて賞金総額が20億円を超える例もあり... ...続きを見る

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2018/04/29 20:57
電気自動車の歴史は古い
今でこそEVは時代の波に乗りかけているが、発明されたのはガソリン車より古くイギリスでは1873年に実用的な電気自動車が造られている。ドイツの発明家、カール・ベンツがガソリン車を造ったのは1886年のことであった。日本では1947年に東京電気自動車(後にプリンス、そして日産に吸収された)が製造しており、51年頃まで東京でタクシーに使われていたようである。しかしその後、ガソリン車の技術革命やガソリンスタンドの普及でガソリン車全盛の時期を迎えたのである。そして現在は環境への価値観の高まりと資源の枯渇問... ...続きを見る

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2018/04/25 20:31
AIは人間にとって代わる?
近頃はAIだのIoT、ロボットなどで賑わっている。世の中にAI等に関する書籍や情報が溢れかえっているのが現実である。やがてはAIが人間の知能を追い越すのではないかとの不安も報じられている。無理もない、囲碁や将棋の世界では名人を打ち負かしているのだから・・・・。しかし、そんな時代はやってこない、という本を書いた人がいる。新井紀子である。但し、人間の多くの仕事がAIに取って代わられる時代は来ると予測している。今では、囲碁・将棋界だけでなく、東京大学の入試問題をAIに解かせ合格点が得られるようにする計... ...続きを見る

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2018/04/24 10:28
功詐欺不如拙誠(こうさはせっせいにしかず)
最近、新聞やテレビを賑わしている、政治家や官僚たちの手前勝手な言い訳、そして深謝の繰り返しは見てはおれないものがある。初めに軽い気分で嘘をつくと、バレてしまいお詫びをする、言い逃れじみたお詫びだからアチコチからつじつまが合わないことを指摘されて言い訳とお詫びが繰り返される。 こんな事態を憂慮して、昔故・宮沢喜一元首相が政治のあるべき姿は「功詐欺不如拙誠(こうさはせっせいにしかず)」でなけれなならない、と言ったことがある。巧みに偽り負かすゴマカス「「功詐」よりも、つたなくとも正直に誠意がある(拙... ...続きを見る

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2018/04/23 19:41
最善の策
民主的とかリベラルとか、人権、個性、自由等々の言葉が頻繁に街中に溢れる世の中になり、一般大衆は気楽に暮らせるようになって来た。一昔前では個人がそんなことを言っても良いものかと躊躇したことですら今では誰も遠慮なく自分の思いを声に出すことが出来る。それが行き過ぎて、自己主張しかしない、他を慮ることなく発言・行動人も増えて来て問題だとは思うのだが・・・・・。 大衆はそれで気楽なものだが、一方社会を統治する立場の人にとっては大変な時代である。軽い気持ちで口を開こうものなら、失言、不適切とか言われたり素... ...続きを見る

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2018/04/22 19:31
幸運と幸福
人は生まれつき不平等にできている、と常々思う。法の下や神の前では平等というが、現実はそんなに甘くはない。子供ならいざ知らず、大の大人が平等平等と言いつのるのには違和感を感じるばかりである。生まれつき、健康状態も体力も能力も、環境も経済状態も、誰もが同じではない、何事も平等ではないのである。だからその差を埋め合わせるために福祉や優遇措置を国は推進している、出来るだけ公平に生活することが出来るように、と。考えてみるまでもなく、もしも誰もがすべて平等であり、同じようにできていたら面白くない世の中になる... ...続きを見る

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2018/04/15 20:37

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