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日 時 |
雨露利(うろり)のこころ
私は弓道を嗜むことはないのだが、この道を極めた人の話しが面白い。別に弓道だけに限ったことではないのだが、物事に取り組む時の心構えであるから、どんな所でも、どんなものにも応用が出来チョッピリ有難い。
弓を射る瞬間は、無心でなければならない。どんなに寒かろうと暑かろうと、或いは音が喧しかろうが、心が散っては弓にはならない。練習時はともかく、試合などで「勝とう」などという野心を先に持ったら的なんかには当たらないのだという。勝とうという気持ちは大事なように思うのであるが・・・・・・。弓にには、そんな邪...
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2012/01/31 11:39 |
指宿ぶらり旅
日頃家では役立つことを何もしていないお詫び方々、夫婦で指宿温泉ぶらり旅を思いつき、忙しさの合間を縫って日曜、月曜と出掛けた。九州新幹線で小倉から鹿児島中央駅まで約2時間、そこからはローカル線で約1時間で温泉郷まで行ける。便利になったものである。今回は2日とも快晴で天候には恵まれ、北九州の寒さをしばらく忘れた。鹿児島では、タクシーを借り切り明治維新の英雄達の足跡を訪ねた。改めて鹿児島は、日本の夜明けに貢献した人たちが多いのには驚いた。城山公園からは実に綺麗な桜島を眺めることが出来た、前日が寒く雪が...
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2012/01/30 22:43 |
バロック
私はクラシックをよく聴いているが、その中でもバロック音楽は比較的多く聴いている
バロック音楽=癒しの音楽。そんな先入観を持っている人が多い。そんな人はバロック音楽といえば、ベートヴェンやブラームス、モーツアルトの様な本格的なクラシック音楽とは違った、「心地良く」「くつろげる」「BGMによい」音楽だと思っている。私もそう思っていた。
ところが元々「バロック baroque」という言葉は、ポルトガル語の「バロッコ barroco」に由来している。これは「いびつな真珠」という意味であり、どちらかと...
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2012/01/29 06:46 |
タナボタ主義の危険性
私が昔勤務していた会社の元社長の武田豊の名言集である書物が最近刊行された。流石に彼らしい言葉が数々記載されているが、その中の一つに「タナボタ主義の危険性」というのがある。
「座って待つな。歩いて探せ。そして何かを見つけて満足するな。見つけたものは、一生懸命手入れして、より良いものへ変えて行く。それが前進なのである」、である。人間の脳細胞の数は生まれたときは誰でも同じだという。しかし、脳細胞の数が同じであっても、後天的な訓練とか教育により大変な差がついてくるものだと彼は言う。
例えば、A村から...
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2012/01/28 20:55 |
「もうトシだ」と甘えてはいけない
私の会社勤め時代に共に過ごした(職場は違う)先輩が近くに住んでいる。確か私より2歳くらい年上だったと思うが、元気であるし頭脳も冴えている。いまだに昔の職場や彼の実力を知る人に頼まれて現役同様に働いている。
昨年末も山口県の職場から、12月28日に自宅に帰って来て、早速年賀状つくりに汗を流していた、何しろ400枚も出さねばならないというのだから大変である。年内は、日頃あまり使わないパソコンに向かい準備していたが、切羽詰って私のところに助け舟の以来があった。応援に行き年内は問題なかったが、明けて3...
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2012/01/27 12:47 |
スマートコミュニティ
東日本大震災の被災地で、スマートコミュニティと呼ばれる新たな町づくりが始まった。被災地以外の都市でも5つの市や町が2011年12月22日に環境未来都市に決定し、新しい未来都市つくりを目指している。我が北九州市も5つの中の一つに選定され、市の関係者は大いに張り切っている。北九州市はそのほか、OECDが実施する「グリーンシティプログラム」のモデル都市としても、アジアでは始めて選定されており、環境都市北九州市は世界にその名を知られるようになって来ている。
スマートコミュニティはIT(情報技術)を駆使...
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2012/01/26 16:51 |
違いが大事
一人の人間は約60兆個の細胞を持っていると言われている。そしてその細胞全てにDNAが含まれている。人間は一人一人違うのであるが、その違いは生物学的に見れば、そうしたDNAの違いに対応している。違いがある、それは人間という種が多様性を持っていることである。ただヒトに限らず生物はDNAの面から見ると大半は同じである、その僅かの差がとてつもない多様性を示すのである。「神は細部に宿る」とは誰が言ったか、まさにその通りなのである。僅かな違いによって、人間になったり他の生物になったり種の多様性が生まれてくる...
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2012/01/25 20:45 |
若者が有利?
世界のノーベル科学賞受賞者がどれ位の年齢の時に偉大なる成果を上げたのかを丁寧に調べた人がいる。かつてアインシュタイン(Albert Einstein)がこんなことを述べている、「30歳までに科学に大きな貢献をしなかった人は、その後も決して科学に貢献することはないだろう」と。当時の科学研究者は確かにほとんどが若い内に大きな成果を上げているのだ。従ってアインシュタインの見解は、当時の物理学の状況を正しく反映したものと言えるのであるが、現在ではもはや物理学だけでなく他の科学分野についても当て嵌まらなく...
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2012/01/24 09:41 |
苦痛と困難
最近は何でもかんでも努力無しに済まそう、きついことはしたくない、楽をして過ごしたい、なんで無理をしてまで遣らねばならないのか、困難と感じることには手を出したくない、汗を流すなんてことはまっぴら、・・・・・といった安楽に流れ過ぎた風潮があるように感じている。何の困難も無しに、ノンベンダラリと暮らしていて、満足感や充実感が味わえるのであろうか?
とはいえ、つらきを忍び苦しみに耐える(苦痛)ことを金科玉条とするようなことが良いという訳ではない。それでは苦痛と困難にはどんな差があるのだろうか。「苦痛」...
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2012/01/23 20:10 |
権現思想
私は宗教心が稀薄であることは、過去何度もこの欄で書いた。しかし、山歩きをしていると、山の登り口や頂上には大抵何らかのお寺や神社、祠、お堂がある、従って全く無関心という訳には行かない・。時には何の神様かなと考えてみることもある。
昔の日本の人たちは死ぬと魂は近くの森に行くと考えたようである。森の中で自然に導かれながら自然と一体となっていく。つまり、自然に還る、そしてご先祖様となって村を守る。だから昔の墓所は森の入り口や村を見下ろす場所にあったと思う。山の入り口のお堂は観音様を祀った権現堂が多いよ...
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2012/01/22 11:11 |
男の遊ぶ才能
私が時々パラパラとめくっている川北義則の本、実に沢山あるが中には面白いと感じるものも少なからずある。今日も一つ良いものを見つけた。
アンケート調査で、人気女性誌の編集長に「看板モデルの条件とは何か」と聞いた所、色々な答えの中に一つの共通点があったそうだ。それは「私生活こそが重要」という答えであった。圧倒的に外見の美しさに目が行くモデルの仕事も、容姿だけではなく私生活という目に見えない要素が大きく関わっている。豊かで幸せな人生を送っていると、容姿の向こうにそれが透けて見える。容姿の奥にある人間的...
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2012/01/21 12:15 |
意志のあるところに道はある
当初ヨーロッパアルプスの登攀は地元ガイドを案内役に立てて行うのが通常であった。しかし、それに物足りなさを感じたアルピニストも大勢いたようである。そうした彼らの中には、トレーニングを積んでプロのガイドを凌ぐような者が現れるようになり、彼らはお決まりのルート以外には手を出したがらないガイド連中を差し置いて、独力でより困難な新ルートへの挑戦に意欲を燃やした。
19世紀の中頃(1856年)、イギリス人アルピニストのチャールズ・ハドソンとエドワード・シャーリー・ケネディが共著して著わした本に「意志のある...
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2012/01/20 16:04 |
マネージャーとリーダー
会社であろうと何かのグループであろうと、組織の規模の大小にはあまり関係なくマネージメントをする人、リーダーシップを担う人がいる。勿論その両方を背負っている人もいる。両者は何となく良く似ている言葉であるが、実はその役割は異なる。決して混同視してはならない。
簡単に表現すると私の理解では、マネージメントとは、現在の環境を所与のものとして受け止め、それに適応し、組織を維持管理して行く能力、或いは資質であろう。従ってマネージャーとは、環境の現状を的確に把握し、それに則した組織運営をする役割の人である。...
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2012/01/19 09:18 |
山とは
私達は時折山に登る。日本人は「山」に関する精神的な何かを持っており、、ただ単に山登りの対象としてだけでは山を見ていないところがある。高い山でなくても、大方の山の頂上には何らかの祠がある所が多いのもその証しであろう。
ところが、「日本山名辞典」によると、日本には何メートル以上が山であるとする基準は無いそうである。一般的には地元で山名としている名称が国土地理院発行の地形図に記載されれば、山として認められたということのようだ。国土地理院は以前、「山の高さに関する懇談会」を設置して、山、山頂、標高など...
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2012/01/18 20:09 |
電流の周波数
昨年の東北大震災発生から日本の東西で電力を融通しあおう、という話しが盛んに話題になっている。誰もが中学や高校の物理の時間に、日本の電力は60サイクルで使っている地域と50サイクルで使っている地域があることを学習した。従って今更簡単に東西で電力を融通するということは難しいということは理解しているであろう。
そもそも、日本の電力網は、明治時代に東京と大阪を起点に整備が始まった。当時の役人・政治家というか技術者といおうか関係者の将来を見通した見識の無さが窺えるまずい話ではあるが、当時を思い起こしてみ...
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2012/01/17 09:25 |
「意思」の力恐るべし
元宇宙飛行士・毛利衛の著書「宇宙から学ぶ」は教えられることが多い。その中の一つ、「鳥は恐竜から進化した?」ことへの考察が興味深い。大昔1994年に、NHKスペシャル「生命 40億年はるかな旅(10回シリーズ)」で彼が進行役を務めたことがある。この中で第5回に「大空への挑戦」が話しのタネである。
ドイツで発見された1億5千万年前の始祖鳥の化石を手がかりに、鳥類が誕生した謎に迫ったのであった。「鳥類は恐竜から進化したのではないか」という仮説は、相当前から提起されていた。ただ、その仮説を立証する、恐...
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2012/01/16 11:03 |
高踏派
私は山歩きを好む、もっとも最近は忙しさに紛れて行きそびれているが・・・・・。健康管理という面もあるのだが、山というものが、日常的な生活環境とは異なった存在であり、だからこそ、普段の生活では接することの出来ない自然を求めて山に行きたくなる。すると、山と都会の間で心のギャップが起こることがある。そうしたギャップにこそ意味があり、山の自然に触れることによって、自分が新しく生き返った、と実感することを求めているのであろう。どこかに置き忘れてしまった心の価値を大切にしたい、これは山好きな人達に共通したもの...
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2012/01/15 10:32 |
ダレているなぁ
つくづく思うのだが今の世の中は何か覇気に欠けており、安全さと裕福さにどっぷり浸かりきっているように思えてならない。無理も無い話かも知れない、生まれた時から、テレビや冷蔵庫、エヤコン、電気器具、自家用車等々楽で快適な生活が出来る道具が揃っている家庭に生まれ育っている訳であるから・・・・・。若い人たちはそうであるが、壮年、高齢者だってそれが当たり前のように思って生活している。所謂生活の苦労を身の回りに感じなくても良い社会の中で生活しているのだから・・・・。ただモノやサービスは幾らでもあるが、お金は幾...
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2012/01/14 16:09 |
美味しい肉
正月はあまり動くことなく美味しい料理とお酒を十分に食して満足した人が多いと思うが、私も少しばかり美味しさを堪能した。私の場合は肉料理というよりはお魚料理の方が多かったように思うが、肉はもう食べたいと思わなくなったからであろう。しかし少量の肉は食べるとやはり美味しいと感じる。
牛肉、豚肉、鶏肉の内、本来一番固いのは牛肉だという。固さの理由は肉の筋繊維の太さによるものであり、牛肉は一番太いらしい。家庭やレストランでで食べる牛肉は固くはない。それは、死後1〜数週間冷蔵庫で寝かせた(熟成させた)物だか...
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2012/01/13 11:22 |
日に当たれば「身堅固にして病なし」
栄養素としてビタミンは欠かせないものである、特にビタミンCは昔から大事だと言われて来た。しかし若者はとにかく、高齢者にとってはビタミンDが重要であるように思う。年を重ねるとカルシウムの吸収が悪くなり、摂っても摂っても排泄され用を為さなくなる。カルシウムの吸収を高め、骨の生成を助ける他に、副甲状腺ホルモンの分泌抑制や細胞調節、インシュリンの分泌促進、筋力増強など、ビタミンDは八面六臂の大活躍をしているのだと、東嶋和子が書いている。
歳を取って骨がスカスカになり折れ易くなるのは副甲状腺ホルモンの増...
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2012/01/12 11:17 |
Code is Law
最近の世界の動きの中でネット技術の活躍は目覚しい。東日本大震災と福島の原発事故ではツイッターやブログがが大活躍した。ネットが新聞やテレビなどの大手商業メディアを圧倒した場面もあった。またチュニジアのジャスミン革命で幕が開いた「アラブの春」ではソーシャルメディア(SNS)が起爆剤となった。更に中国では当局の厳重なネット検閲作業にも拘らず、多くに若者達がネットを利用した情報交換で独裁政権を脅かしている。勿論アメリカでは経済格差を訴える若者達が駆動力を発揮している。
こうしたネットの力は、一過性のも...
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2012/01/11 17:08 |
「これをやりたい」人
元東大総長の小宮山宏が、司馬遼太郎の「坂之上の雲」のシーンで一番好きな場面は、旅順攻撃で児玉源太郎が乃木希典の第三軍司令部に行って参謀達を怒鳴りつけるところだと言う。この時、第三軍は何度突撃しても撃退され、もう埒があかなくなっていた。203高地の一角には100名足らずの兵が一晩も張り付いているが、歩兵の増援も無ければ砲兵の援護射撃もなく、ただ寒風に曝されながら現場を死守している。司令部には既に次の作戦の展望がなくなっていた。そこで児玉は「その姿を、この場にいる者で見た者があるか」と問うのであるが...
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2012/01/10 10:56 |
もっと神聖なるものの筈
時代はその時代を主導するものによって、何の時代、という言い方をされて来た。明治時代は「政治の時代」、昭和に入ると「軍事の時代」、戦後はしばらく「政治の時代」そして「経済の時代」へと移って行った。それでは現在は何の時代であろうか。産経新聞の大野敏明編集委員は、毎年のように首相が代わり、政治や政治家に対する不信感は頂点に達しているから、政治の時代とは言えない、経済も滅茶苦茶だから経済の時代でもない、あえて言うなら「素人政治家による破壊の時代」だと手厳しい。国会議員のバッチは付けているものの、政治に関...
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2012/01/09 09:58 |
ファイル共有は要注意
昨年11月、ファイル共有ソフトなどを使った映画、音楽、アニメ、ゲーム、ビジネスソフトなどの著作権侵害の一斉取締りが実施された。今回は47都道府県全ての警察で行われた大規模なもので、12月時点で30人が逮捕されている。警察はサイバ−犯罪に対する人員を増員してパトロールを強化しており、今後益々逮捕者が増えることが予測される。ここまでやらなければ、著作権侵害を減らすことが出来ないという現実も受け入れざるを得ない状況になっているのである。やはり情報モラル教育を徹底して、著作権侵害の防止、その運動の普及啓...
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2012/01/08 10:46 |
80歳にして・・・
今日の讀賣新聞で社会部の清水純一が、孔子の言葉に関する彼の思いを書いているのが目に付いた。
74歳まで生きた孔子は自らの人生を顧みて、15歳を「志学」、30歳を「自立」、40歳を「不惑」、50歳を「知命」、60歳を「耳順」、70歳を「従心」と言ったが、80歳は当然無い。日本人の平均寿命は男性79.64歳、女性86.39歳であり皆が長生きできる時代となって来ている。しかし、孔子の時代はそうではなかった、孔子の74歳は長寿に属する。
そこで、80歳の言葉が無かった孔子の後についで、「80にして・...
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2012/01/07 11:37 |
ロッキングチェアー・アングラー
私が仕事でシドニーを始めオーストラリアに通い始めた頃、今から約35年も前の頃だと思う。当時知り合った現地の年配のエンジニアの一人は、リタイヤしたら「ロッキングチェアー・アングラー」になるのだと、事あるごとに言っていたのを思い出す。ロッキングチェアーに座って、釣りの本を手に頭の中で釣りを楽しむというような意味である。当時は、私は若造もいいところで、どうしてそんなことが面白いものかと、不思議に思ったものである。オーストラリア人に限らずイギリス系の人たちは凡そ釣りには特別な感情を抱いている人が多いよう...
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2012/01/06 16:40 |
人生は自転車と同じ
昔から苦しい経営状況を言い表わす言葉に「自転車操業」というのがある。「何しろこの不況時は、毎日が自転車操業で、一時も気を許せない」とか、仕事に追いまくられている状況は「毎日自転車操業で、休む間もない」と言ったりする。確かに自転車は、乗ってペダルをこいでいないと転倒してしまう。あまりゆっくりこいでいても、未熟者は自転車を倒してしまう。そういう意味で、自転車操業とは絶えずペダルを踏み続けている、或いはそうしなければならない状況を表すにはピッタリの言葉である。
ところが、クロード・ペッパーという人が...
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2012/01/05 13:43 |
「でも」禁止!
1960年代、日本では絶えず「デモ」(デモンストレイション)や「スト」(ストライキ)が発生していた。安保闘争のデモや炭鉱や国鉄のストライキは日常茶飯事であったように思う。今ではすかっかり姿を見なくなったが・・・・・。
私はこれが嫌いであった。穏かで、前向きな日々を生きて行くためにも、デモとは縁を切った方良いと考えていたが当時は中々無くならなかった。
亡くなった斉藤茂太は「デモは禁止!」論者であったようである。勿論「でも」も禁止である。試みに今日は何回「でも」と言ったか数えてみよう。この「でも...
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2012/01/04 10:05 |
白い雲のみを見つめて・・・・
「まことに小さな国が、開花期を迎えようとしている。その列島の中の一つの島が四国であり、・・・・・」で始まる、司馬遼太郎の「坂之上の雲」のテレビ放送が昨年暮れに完結した。実に3年がかりのNHKの大事業(?)であった。私は普段はテレビを観ることは少ないのだが、これだけは毎年暮れになると愉しみにして観ていた。司馬遼太郎が、たえず頭においている漠然とした主題は、日本人とは何かということであり、それをこの作品の登場人物たちが置かれている条件下で考えてみたかったのである、と彼は第一巻の「あとがき」に書いてい...
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2012/01/03 22:48 |
優雅に朽ちる?
今の日本は将来に対して悲観的であり、不安を抱いている、あまり楽天的要素は無い、活力にも欠けているように見える。社会の活力というのは、自由すぎたり豊かであったりすると育たない、勿論要因はそれだけではないが・・・・・。要するに現在、日本は「幸せ」な社会になり過ぎているのかも知れない。あくせく頑張らなくても、それなりに満足できる生活が送れる状況にあるのだ。色々と問題は抱えているものの、結局は「幸せ社会」になっている。
ではどうすれば良いのであろうか? 当然、現状に胡坐をかくことなく、もう少し頑張らな...
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2012/01/02 10:30 |