独りごと

アクセスカウンタ

zoom RSS 歩いて考える

<<   作成日時 : 2018/07/05 20:27   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

外山滋比古の受け売りであるが、日本には伝統的に散歩をするという考えはなかったようだ。明治の初めに神戸にやって来たイギリス人に教わって始めたのが始まりとか。
しかし散歩の効用は古来から良く知られたいたようだ。ギリシャ人たちも散歩をしていると、頭が良く働くと考えていたようだと外山は言っている。アリストテレスを中心とする一学派は、散歩しながら、考えたり、議論したりしたことから「逍遥学派」という名前を付けたのだそうだ。学者が家の中にこもって、机に向かって本を読むようになったのは、ずーっと後のことである。18世紀から19世紀にかけて、ドイツの哲学者も、散歩しなければ思考は進められないと考えていたという。よくものの本に書いてあるが、カントは毎日同じ所を同じ時間に散歩していたので「カント先生が通ったから、今何時だ」と、街の人の時計代わりになっていたというエピソードもある。運動不足は良くないということもあるが、それよりも、座って本を読んでいたりしているとかえって頭の動きが衰えて来る、ということを自覚していたのであろう。そういえば京都には哲学者が散歩するというので、京都大学の人達がつくった「哲学の道」がある。
でも正しくは道を通るだけではなく、新しい発想を得るには、散歩しながら思索するのが良いのであろう。ベートーベンもウィーンの黒い森を歩きながら数々の名曲を生み出したではないか。
時間が無駄になるような気がするかも知れないが、私は天候と健康が許す限り田圃道を毎日のように歩いている。効能は定かではないが、何となくスッキリ爽やかな気分になる。最近は雨模様が多いので、狭い家の中や裏庭を歩くことも多いが、歩かない時よりは気分が違う。気のせいかも知れないが・・・・・。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
歩いて考える 独りごと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる