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<<   作成日時 : 2018/04/22 19:31   >>

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民主的とかリベラルとか、人権、個性、自由等々の言葉が頻繁に街中に溢れる世の中になり、一般大衆は気楽に暮らせるようになって来た。一昔前では個人がそんなことを言っても良いものかと躊躇したことですら今では誰も遠慮なく自分の思いを声に出すことが出来る。それが行き過ぎて、自己主張しかしない、他を慮ることなく発言・行動人も増えて来て問題だとは思うのだが・・・・・。
大衆はそれで気楽なものだが、一方社会を統治する立場の人にとっては大変な時代である。軽い気持ちで口を開こうものなら、失言、不適切とか言われたり素質を疑われたりして、最悪の場合には現職を棒に振ることにもなる。政治家や官僚たち、地方自治体の責任者、組織の長たちは、自分の思いを発言する時には大衆の反応を予測しながら口を開かなければならない。後からの言い訳は通らない。国会などでは証人喚問などで呼び出されてひどい目に遭わされてしまう。各政党や自治体の政策決定にも国民や市民を気にしながら多くの人達にすんなりと受け入れてもらえる案を優先したりする。与党の議員が一番気をつかうのかも知れない、野党はそれこそ無責任に言い放しで、あたかも国民の見方かのような顔をしている、まさに偽善の様であるように見えるのだが・・・。
それで大事な政策や方針を決める場合に、勢い誰にもに受け入れられるような案を提出してしまったリすることもあるようだ。大衆の意見は大事だが大衆感覚優先で大事な政策を決めてはならないのに・・・・。最近はそんなことが沢山あるように感じるのだが私だけであろうか、気になる現象である。
そんな時、何かの本で見たことがある次の言葉を思い起こす。「最善の方策とは、善意からは生まれない。かえって、一見悪意と見えることから生まれる方が多いものである」、と。責任者が悪意を持って決めるのではない、周囲から見るとそう見えるのであろう。思慮深く考えた末の決定が大衆や野党議員の目には違って見えるのであろうけれど・・・。かえってその方が後で見るとベストまたはよりベターなものになっている、というのである。要はお互いに視野を広めて考えることであり、相手を引きずり降ろそうとか、首を取ってやろうとかという気分を捨ててかかることだと思う。

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