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zoom RSS 昔の忖度、今の忖度

<<   作成日時 : 2018/01/11 21:11   >>

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文芸春秋の最新号に、飯間 浩明が寄稿している「日本語探偵」は面白い、というか視点がちょっと違う。昨年流行った言葉に「忖度」があったことから、現在の忖度と昔の忖度の違いを述べている。昨年は政治家やメディアが競って「忖度」を使った。事の起こりは森友問題を巡る国会論戦であった。 忖度という言葉は随分古くから辞書にも記載されているから、新語ではない。しかし、従来の意味・用法の枠に収まらない言葉を新語と呼ぶならば、忖度は紛れもない新語であると彼は言う。彼の説明は以下の通り。
従来の忖度は、「心を推し測ること」であった。「どんなに心配をさせたことか」と母の気持ちを忖度する、或いは「彼は不安なのであろう」と友人の気持ちを忖度する、というように「推測」に言い換えて差し支えない言葉であった。
所が昨年から一般化した忖度は、上役など実力者の意向を推測して気に入られるように振舞うことを指しているのである。「報告書の結論が変わったのは、忖度によるものだ」といった例がそれに当たる。これは推測に言い換えると通じにくく、意味が新しくなっている、というのである。また言葉の用法にも新しさがある。従来「〜を忖度する」の形で使う事が普通であった。ところが今では、「忖度が働く」「忖度が蔓延る」など、忖度をを主語にして、フレーズの形で使われることが多くなっている。今や忖度の存在の大きさは非常に大きいものがある。但し、あまり響きの良い使い方にはなっていないように私は思う。今年も忖度が蔓延するのであろうか? そんなことで国会や街中が大騒ぎにならないように願いたいものである。

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