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<<   作成日時 : 2017/11/05 19:21   >>

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人生は長くなったが、じっくり取り組んで本物を掴もうとする風潮が少なくなり、全てをマニュアル化して機械的にそれに倣おうとする人が増えてきていることに多少なりとも不安を感じるのは私だけであろうか。
マニュアル化された事柄だけを遣っているだけでよいという心地良い安心感に誰もがのめり込もうとしているのである。しかしその裏を見ると「個」が存在していないことに気付いているだろうか。個が存在しない社会に生きる方が心地よく、何やら真綿にくるまれているかのように安心できる、と思う人が一般的になろうものなら、未来は暗い。なぜなら、誰が多数派になったこの生き方に逆らって「個」を維持し、「個」があるからこそ発揮される責任感に基づいた行為などしようとするであろうか。まさにこれでは無責任社会の始まりである。
最近は各種販売店の店員たちの立ち居振る舞いや言葉遣いは立派になって来ているが、その裏には大方順守すべきマニュアルなるものが存在し、彼らはそれに忠実に倣っているだけなのである。そうしていれば、何かあっても責任を問われることはない、顧客満足度を上げることなど考えなくてもよい、問題が生じても自分の責任ではなくなる。気分的には随分と楽になるのである。彼らは顧客と丁寧な言葉を交わしても、視線を合わすことは無いのである。いうなれば一種のロボットなるものかも知れない。これから先は、彼等よりもっと立派な振る舞いや言葉を発するロボットが開発されるかも知れないが・・・・。何事も規定通りというのは店員の対応だけでは済まなくなる、新しいことやより良くする工夫などしなくなるかも知れない。このようなことが非難されたり批判されることもなく、まるでアメーバーの様に社会に広がり埋め尽くされてしまうとしたら、恐ろしいことである。無責任社会、非活性化社会、頑張ろうという気分が失せる社会になってしまうだろう。
マニュアルもある程度は必要だが、何事も準拠すべきはマニュアルではなく、おせっかい人間、否時にはバカと言ってもよいくらいな”お人よし”が働くから社会が動くのだということに目覚めなければならないのである。規定に無いからやらないではなく、必要と感じたら自ら動く、規定には無くても遣る少数派が社会を停滞から救うことになるに違いない。私は多数派よりも、この少数派になりたいものだと思っているのだが・・・・。

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