独りごと

アクセスカウンタ

zoom RSS 一身独立

<<   作成日時 : 2017/07/15 21:05   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

古い話だが福沢諭吉の言葉に「一身独立して一国独立す」というのがある。現在の日本に欠けようとしているこの精神、すなわち「一身独立」である。これは、自分がきちっと自らの商売や役割を果たすことであり、皆がそれを遣れば「一国独立」、つまり国はきちっと回っていく、という意味であろう。現在の日本人は豊かな社会ではあるが、格差社会になりつつある競争社会の中で、自分が暮らして生きて行くことに精一杯で、そういう感覚を持ちずらくなっている。何不自由なく育って来たことも影響しているのかも知れない。要するに良い意味での「頑張ろう、シッカリしよう」という気持ちが湧いてこなくなっているのではないだろうか。
来年は維新150周年に当たるが、明治の時代は、司馬遼太郎の表現によると、格調高い精神に支えられたリアリズムと合理主義を併せ持った人物が大勢現れて日本を引っ張ったのだが、最近はそんな人物がめっきり少なくなっているのである。司馬遼太郎は、公共心が非常に高い人間が、自分の私利私欲ではないものに向かって合理主義とリアリズムを発揮した時に、すさまじいことを日本人は成し遂げるというメッセージを残している。逆に、公共心だけの人間がリアリズムを失ったとき、行き着く先はテロリズムや自殺にしかならないという裏のメッセージを発しているのかも知れない。
最近の政界や実業界で起こっている様々な不祥事や事件、その解決にも手間取っている様子を見るにつけて気がかりである。行き過ぎた民主主義、大衆迎合の流れ、メディア報道の偏向、政治家は自分に自信が持てずに安易に住民投票や国民投票を口にする。世の中、何処かのタガが外れているように見えるのだが、如何であろうか。自分で考えたり決断したりが出来なければ、先人の教訓を見直してみたら役立つことが多々ありそうであると思うのだが・・・・。
磯田道史(国際日本文化研究センター准教授)はこんな話をしている。今、中国は7%近い経済成長を続けている。韓国もゴタゴタはあるるが日本よりはずっと高い経済成長をしている、とする。そうすると現在の日本人がどういう考え方をするかというと、「政府に何とかしてもらって、景気が良くなるといいな」となると言うのである。ところが明治の人達の考え方は、恐らく次の様であろう。「中国の経済成長が7%なら、せめて自分がかかわるものづくりや生産だけでも、毎年7%成長させよう」、この精神こそが明治の強さだったと思う、と磯田はつぶやくのである。現代日本に欠けているもの、考えてみようではないか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
一身独立 独りごと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる