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zoom RSS 民主政治の不思議さ

<<   作成日時 : 2017/07/31 14:35   >>

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7月30日の読売朝刊に「地球を読む」のコラムで、劇作家の山崎 正和が寄稿した「庶民と民主主義」と題する論考に興味を引かれた。同時にまっとうな考え方ではないかと思い、ここでも記録しておこうと考えた。
全文は長くて記載できないので、興味を覚えた個所のみ記すが、民主主義は決して完璧なシステムではなく、世界で初めて民主主義を確立した古代ギリシャは民主主義で身を滅ぼしたことも頭に入れておかねばなるまい。
政治家やメディアは何かというと、各種の世論調査を採りたがる。しかし、ある政策等に関する絶対賛成も、絶対反対も10%程度ほどで、「どちらかと言えば賛成」または「どちらかと言えば反対」がそれぞれ40%前後、時には半数近くを「分からない」が占めるのが実態である。かといって、これは民衆が政治等に鈍感だったり無関心だったりするからではなく、逆に繊細で複雑な感想を持っているからである場合が多い、と彼は言う。問題は、世論調査であれ政治投票であれ、民衆への問いかけが常に択一形式を採るところが大きい。世論調査はイエスかノーかの形をとるし、日本の間接民主主義の下でも、選挙民は1党か1候補を選ぶように迫られる。政治的な態度表明に中間は無く、「どちらかと言えば」を許さないのが民主政治体制の制度なのである。民主社会の自由な主権者たちは、常に自分の感情の一部を切り捨て、不満を残しながら意思決定を下す宿命の下にある。健全な先進国ではいかに安定した政権でも、支持率調査をしてみると50%をあまり超えないのは、多分このせいなのだろう。国民が完全に幸福だったり、愛国心に燃えていたりするのは、独裁政治の兆候だと言える。その他、現代政治は互いに矛盾する課題が多いから、どんな政策が採用されても、国民の割り切れない感情は増える一方なのである。
特に注意すべきは、国民に二者択一の選択を強要することは危険である。とりわけ直接の回答を問う国民投票を求めることは危険である。・・・・等々彼は現代社会の民主主義システムの危うさ、不思議さを実例を挙げて論考している。一般庶民の全員一致や多数決による意思決定に基づく、国家なり組織の運営方針の採用は相当に慎重にしても結果は上手く行くことは少なく、かつてのギリシャ国家の破滅に行き着く危険性が大きいということを、誰もが理解しておく必要があるのだ。

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